Keikoの短歌日乗〈3〉
2023年3月10日
明治のころ、越生は観光地として名が知れるようになり佐佐木信綱・田山花袋・野口雨情などの文人墨客が訪れたという。園内に次のような佐佐木信綱の歌碑がたっていた。
入間川高麗川越えて都より来しかいありき梅園のさと
秩父嶺は霞に消えて水車おとしづかなる梅の下かげ
梅園の千本の梢見おろして岩根にいこふ琴平の山
のびのびと明るく視野がひろがる。景色を楽しんでいる感じだ。訪れた土地へ言葉を贈り挨拶するという形式をふまえた短歌だ。古来、短歌定型は、程よい距離を保ちながら言葉をとどける有効なコミュニケーション手段だった。ことさら長々と追従をのべずとも、また過剰な感動を説明せずとも、訪れた土地の地名を詠み込みながら、その地に住む人々に敬意を表す。
歌だけを取り出して机上で読むと観光ガイドのように感じられるが、現地の風景の中でゆっくりと呟いてみると、〈自然〉と〈言葉〉と〈私〉が、おのずから溶け合ってゆくようで心地よかった。自然の風物の中に言葉をふんわりと置くために、歌碑はそこに建っているようだった。あらためて短歌定型は気分を盛る器だと思った。(2023.03.07)